9月8日のことです。

青いテントで夢を語った後、二郎の夜の部が始まる17時まで時間があるので、事前に行こうと決めていたところに向かいます。


あっ

この後はラーメンのラの字も出てこないので、興味のない方はこの先は読まないでくださいm(_ _)m
(フリではなく本当にラーメンは出てきませんw)

京阪電車の











神宮丸太町駅で降りて































丸太町通りを東にトコトコ歩きます。

途中





















このようなところを通ったのですが、何でここの寮の名前が記憶にあるのだろうかと考えましたが、思い出せずにググったら、そうそうよく機動隊が家宅捜査で入っていってヘルメットにグラサンとマスク姿の学生と揉めたりするところでした(^_^;) ヘルメットを被ってどうこうはほんの一部の人のようですが。

そしてそのまま通りを進みます。
気温は三十度を超えていますが湿度が低く日陰でしたら風が心地良かったです

そして目当ての交差点を右に曲がって少し歩くと入り口があり、そこを潜ります




















お目当てはこの京都武道センター本館の真向かいに鎮座する





















旧武徳殿です。
明治時代に建てられた荘厳な佇まいのこちらは、剣道・柔道・空手など幾多の武道の先達が汗を流していた場所です。





















反対側にまわると入り口が開け放たれていて、中を覗くとちょうど1人の剣士が稽古の終わりたてのようで防具を外しているところでした。

僕が会釈をすると「お疲れ様です」とキッチリと返していただきました。

この入り口から外に10メートルほどのところに、いくつかの碑があります。





















全日本剣道連盟の会長さん名義のものや





















大日本武徳会の総裁のもの。

そして僕が見たかったもの





















これなんですよ。
旧武徳殿の本殿と合わせて見たかったものです。
興味のない方には「何それ?」なのでしょうが(^_^;)
 
シッカリと説明すると長くなってしまうので簡潔に。
高専柔道の「高専」は、現在全国にある高等専門学校ではなく、高専の「高」とは旧制高校「専」とは旧制専門学校のとです。

戦前、旧制高校は全国にたくさんあり一高から八高までがナンバースクールと呼ばれていました。
たとえば四高(しこう)は現在の金沢大学で七高は現在の鹿児島大学という具合です。

そして高専柔道の特徴はとにかく寝技がものすごく強く、今隆盛を誇り柔道といえば  という存在の講道館が歯が立たなかったそうです。

そうして講道館が高専柔道に対抗する術として捻り出したのが「引き込み」の禁止です。
引き込みとは投げ技をかけずに相手の襟や袖を持ったら、自ら尻餅をつくように寝技に(文字通り)引きずり込むことを言います。

また高専柔道には寝技が膠着したときの「待て」がありません。

っていきなり何故この話しかというと

東北遠征と今回の京都遠征の電車での旅のお供は






















この「七帝柔道記」という本でした。
一応は小説という体裁ですが、これは著者の増田俊也さんが体験した話しの自伝小説です。

でもって七帝柔道とはなんぞや? ですが、七帝とは旧帝国大の七校。現在の、北海道大学・東北大学・東京大学・名古屋大学・大阪大学・京都大学・九州大学です。

先の大戦で旧制が廃止になり、学校制度が六年・三年・三年・四年になりGHQにより武道を禁止されて高専柔道は消滅します。
そして戦後、武道競技の復活とともに高専柔道を伝承しようと先の旧帝大七校が「七帝柔道」を始めます。


ここからは「七帝柔道記」の読書感想文です。  書評なんて僕のような拙筆野郎は恐れ多いので(^_^;)  感想文です。

長くなるので端折って書きますが、物語の始まりは主人公の増田青年がまだ春遠い北海道大学がある札幌の地に降り立つところから始まります。

増田青年は高校時代に七帝柔道の存在を知り、二浪して北海道大学に柔道をやりたいが為に入学します。

ここで僕が一番印象に残るキャラクターの登場人物。それは増田青年の二年上の和泉先輩です。

和泉先輩は広島出身で広島訛りが強く一見怖そうなのですが、とことん茶目っ気があり、とことん優しいです。

大学の運動部といえば、話しの相場は先輩が威張り腐って何かと言えば酒の強要をするイメージですが、和泉先輩も含めそれが無い。

「あんた受験勉強で痩せさらばえとるじゃろ。全部食いんさい」と晩御飯を奢ってくれます。

そして要所々々でキーとなる大事な言葉をかけてくれます。

「自分一人の試合じゃないけえの。全員の人生背負っとるんじゃけ。人間はのう、自分のために頑張れんことでも人のためなら頑張れるんで」

七帝柔道は個人戦は無く、年に一度だけ七月に毎年各校の持ち回りで団体戦が行われます。その団体戦は十五人対十五人で行われて、最後に一勝でもリードしていた方の学校が勝利します。
極端な話し、一人が勝って後の十四人が引きけたら勝ち進めます。


「あんたもこれから練習積んでいくうちにいろいろわかってくるじゃろうて。練習そのものがあんたに教えてくれるじゃろうて。この北大柔道部っちゅう畳の上には生きることの意味すべてが詰まっちょる。それを一つひとつ見つめて、深く深く考えていくことじゃ。それがあんたのこれからの宿題じゃ」
この言葉は後に何を言っていたのかがわかるのですが、さすがにネタバレになるのでここでは(^_^;)

ちなみにこの和泉先輩はもちろん実在する人です。
現在は徳島大学病院の神経内科の医師で、数年前に世界的に話題になったアイスバケツリレーでその名を知られるようになった難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の日本国内で有数の治療実績を持つ方で、僧侶もしているという方です。


物語はとにかく寝技というものは講道館柔道や世界柔道のような運動神経・スピード・生まれ持っての才能・センスとは裏腹に、とにかく練習量が強さを決めると言われていて、想像を絶するような練習量をやります。

その練習の後にボロ雑巾のようになりシャワー室に行ける体力を回復させるまで柔道場で天井を見上げて「自分は何故こんなことをしているのだろう」と自問自答をします。

もちろん国立大ですから私大のようにスポーツ特待生のようなものは無く、全員が受験を突破してきた頭のいい人たちです。「学業に専念したいので」と言えば、その苦しみからはすぐに抜け出せます。しかしそれをしないのは何故か?

この物語には七帝大会の為だけに大学生活の全てを犠牲にして、自問自答しながら地獄の苦しみに耐える姿が描かれています。
一度でも運動部などてキツい思いをした人は確実に感情移入して物語の世界に入り込んでいき、気づいたら熱いものが込み上げて目頭を潤ませてしまうと思います。

それと同時に腹を抱えて笑えるエピソードも出てきます。故に満員電車で読んだら周りから冷たい目線を送られるかもしれません(^_^;)

こちらは小説の他にコミックも発売されているので、興味のある方は読まれては? と思います。


最後に。
この増田青年の二年後に、後にレジェンドと言われるようになった中井祐樹さんが北大柔道部に入ります。

僕は中井先生のもとで柔術をやっていたので、なおさら感情移入してしまうのだと思います。

上手く貼れるかわかりませんが著者の増田さんと、その同期で親友だった竜澤さんの試合の動画を

注 : 途中関節を極めてそのまま脱臼させているシーンがありますので、苦手な方は見ないでください。








ではでは   




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